多くの職場で退職金が支払われている。支給規定のある法人が多いとはいえ、大法人で約90%、中小企業だと80~85%というように、全てにあるわけではなく、当然法定されているわけではない。諸外国にも、退職手当的な支払いはあるが、ほとんどの場合、会社側の事由による突然の失職に際しての当座のつなぎ資金の支給ということで趣旨がかなり異なっている。(国際通貨研究所理事長・渡辺博史)
「後払い」の意味
わが国の場合、この趣旨は「給与の後払い」といわれているが、なぜすぐに払わないのか、すなわち退職時にまとめてもらわなくても良いから、毎月その部分を載せた金額で支払ってほしいという要望を断って事後払いにするだけの整合的な事由も開示されない。
過去の動向を見れば、退職一時金を受け取ることで、例えば住宅ローンを完済できるという効果はあったと思うが、年金の設計自体も組織ではなく個人でも図れるようにするという状況になっている以上、働いて稼得した時点で全額を受け取る制度への切り替えを考えていくべきである。勤労者に渡してしまうと、将来設計もなく使ってしまうので会社側がまとめて管理し貯蓄形成を支援してあげましょう、というのではややばかにしている感がある。
公務員の場合が典型であるが、懲戒免職となったときに、退職手当が全く支払われないことがある。「後払い」だとすれば、既に支給すべき金額は確定しているはずだから、就職時点からズーッと不正、犯罪、非違行為を行ってきた者には払わなくても良いが、その行為が行われた時期が限定的であれば、一銭も払わないというのは理屈に合わない。もちろん、公務に対する国民の信頼を大きく損なうようなことを行ったから免職されるので、その失墜行為に対する罰金的な賠償を求めて相殺するという理屈はあろうが、そのような説明なく単に全額不支給ということには本来ならない。もちろん、永年勤続を前提とする雇用形態を採る中で長く勤務した者の処遇を優待するという発想が根底にあるので、たどり着いたポストに至るまでの営為の全てあるいはその一部が「偽り」であったから、ゼロ評価という考え方もあろうが、情緒的にすぎないだろうか。
硬直的な計算式
また、多くの法人の退職金の計算式は、大体において、辞める直前の最終ポストでの支給額を基礎としてそれの“X倍”という形で求められるが、これがあるために、必然的に減俸を伴う降格辞令が出せなくなっている。直線的に昇進イコール昇給という任用形態が続いているときには、論理的には意味がないものの、この方式には納得感はあった。公務員などに見られる殉職時の「“X階級”特進」も栄誉を顕彰するとともに、退職手当の増額という実質効果をもたらしている。しかし、今後、70歳あるいは75歳まで勤務が続くようになることを想定したときに、同一企業の中でとどまる場合にこの計算式を維持すると、高齢化に起因する職種変換、職位異動が自動的に退職金の減額を招くことになるので、強烈な抵抗を招く。仮に退職金制度を残す場合は、累積ポイント制を導入し、在勤したポストの重要性評価、在勤年数を全て勘案して最終ポストの給与水準に左右されないようにする必要がある。
今までの制度は、長く忠誠を尽くしてくれた勤労者への評価、謝意が基礎にあったことは事実だが、今後転職が自然になる中では、たとえ退職金制度を残すにしてもポータブルな設計が必要となるが、人事制度の柔軟化、その際に当然に行われるジョブ型報酬制度の構築があれば、まさにその勤労者の職歴・キャリアに見合った支給額が算出される。
また、税制も、永年勤続制度に配慮した軽課構成になっているが、数年分に相当する金額を一時に受け取る場合に累進税率の適用を回避するために設けられている「平均課税」制度を活用することを考えればよいと思われる。
【プロフィル】渡辺博史 わたなべ・ひろし 東大法卒、1972年大蔵省(現財務省)入省。75年米ブラウン大学経済学修士。理財局、主税局、国際局を歴任し2007年財務官で退任。一橋大学大学院教授などを経て13年12月から16年6月まで国際協力銀行総裁。同年10月から現職。東京都出身。
【論風】再考、退職金 御堅い計算式…時代の変化に柔軟対応を - SankeiBiz
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