南アルプスは豊かな植生を誇る一方で、さまざまな環境リスクに晒され、さまざまな問題に直面している。今回はライチョウの減少とニホンジカの増加について考えてみたい。
南アルプスには、豊かな自然があることを連載1回目、2回目でお伝えしてきた。南アルプスには、固有種や、南アルプスを南限とする種が多々あり、とてもユニークな生態系が広がっている。加えて、本州で唯一の原生自然環境保全地域に指定される大井川源流部など、山が奥深く、人の手がなかなか入りづらかった環境も幸いして、現在でも手付かずの自然が残っている山域でもある。
雄大な自然を有する南アルプスではあるものの、一方で環境の変化に晒されていることも事実だ。今回は、南アルプスが直面する問題についてお伝えしたい。
登山者のアイドル、ライチョウも環境の変化に直面している
ライチョウの個体数が減少する理由
1980年代に日本国内に約3,000羽生息していたとされるライチョウは、2000年代にはその数を約2000羽弱に減らしたとされている。ライチョウ減少の要因は、キツネやテン、カラスやニホンザルなどの従来は麓で暮らしていた種の高山帯への進出や、温暖化による高山植生の遷移や営巣環境の縮小、ニホンジカの高山帯への進出による生息環境の劣化などが考えられている。
ライチョウは2012年には環境省のレッドリストにおいて、絶滅危惧Ⅱ類から絶滅危惧ⅠB類へカテゴリーが引き上げられた。
環境省では、2012年にライチョウ保護増殖事業計画を策定して取り組みを進めている。南アルプスでは2015年から、北岳にて孵化後約1カ月の死亡率の高い時期をケージにて保護する「ケージ保護事業」を5年間行った。これは、孵化直後のヒナをお母さん鳥と一緒に保護し、悪天候や捕食者など、孵化直後に多い死因から守る取り組みだ。また、2017年から3年間は、ライチョウの捕食者となるテンやキツネを捕獲する「捕食者対策事業」を併用して行った。
その結果、事業開始当初から5年間で、生息数が約3.5倍に回復した。なわばり数も、統計の1981年の約半分まで回復した。このことから、2020年以降は、「ケージ保護事業」を終了し、「捕食者対策事業」を中心にモニタリングを続けている。ケージ保護事業が終了した後は、なわばり数が再び減少したとの報告もあるため、今後も注視していかなければならない。
また、以前にもご紹介した通り、実はライチョウの生息地の世界南限は静岡市・イザルガ岳周辺である。静岡市でも、上河内岳からイザルガ岳周辺でのライチョウの生息状況把握調査を毎年行っている。この山域では大きな減少は報告されていないが、南アルプスに生息するライチョウの中には、北部から南部へと移動する個体も発見されている。そのため、北部も含めた山域全体の保全が世界の南限のライチョウの保全にも繋がっていると言えよう。
なぜニホンジカは増加傾向にあるのか?
次に、ニホンジカの高山帯への進出による高山植物への影響だ。それまで、高山帯には上がってこないとされていたニホンジカの高山帯への進出が始まったのは、2000年代頃からだ。
ニホンジカはなぜ、厳しい環境の高山へ進出してきたのか。原因はさまざまあるが、そのひとつに地球温暖化による暖冬の影響もあると考えられている。冬の寒さを生き抜く個体が増えて生息数が増えたことにより、より多くの餌を求めて、高山帯へと移動が始まったとされている。つまり、高密度で仲間がひしめき合い、餌の競争が熾烈な南アルプスの麓から、餌の条件の良い高山へと分布が拡大したと思われる。
ニホンジカの高山帯への進出を主因とした高山植物の減少
私だったら、ぼーっとしたまま餌を食べ損ね、高い山へと登っていく向上心もなく、日々やせ細っていくんだろうな、と想像する。自然環境で生きていくのは、本当にタフなことなのだ。
また、狩猟者の減少も一因であるといわれている。かつてはニホンオオカミがニホンジカの数をコントロールする役割を担っていた。しかしニホンオオカミの絶滅以降は、ニホンジカを捕食する動物は途絶え、ニホンジカは過剰繁殖を続けた。ハンターの数も減ってきており、ニホンジカの増殖は歯止めがかからない状況となっているのは、多くの登山者が耳にしたことのある事象だろう。
改めて、ニホンジカの生態を簡単に紹介しよう。彼らは、基本的には群れを成して生活していて、メスは1年~2年で出産ができるようになる。個体数が数年で劇的に増えるのは、この成長の速さが1つの理由だ。
また、彼らは、とてつもない食いしん坊であることも忘れてはならない。1日で1頭当たりおよそ3kgもの餌を食べるとされている。そんな彼らが群れとなり高山帯へ押し寄せてくるのだ。例えば10頭で押し寄せたら、その群れだけで1日あたり30kgも食べることになる。ほうれん草1束が300gくらいだとすると、1つの群れで100束ほどを食べつくしてしまう計算だ。その量の高山植物が1日で減っていくのだと想像すると、ぞっとする量である。
上空から見たシカの群れと「シカ道」の様子
ニホンジカの硬い蹄もまた、高山植物減少の一因となっている。登山靴よりも硬い蹄に、私たちと同等か時にはそれ以上の体重のニホンジカが群れで歩き回ることにより、シカ道と呼ばれる獣道ができることさえある。このシカ道では、土が踏み固められ、高山植物が根を張ることができなくなってしまうのだ。
私は、この仕事を始めるまで、高山植物の減少の要因=ニホンジカの食害、だと思っていた。だから、踏み固めることも要因だと知った時、非常に驚いた。よく「とっていいのは写真だけ、残していいのは足跡だけ」的な標語を聞くが、登山者とて足跡を残していい時代は終わったのだ、と感じている。
こうした自然環境の変化に対して、私たちが個人でできることは小さいのかもしれない。けれども、登山そして自然を愛する者として、日々のエコ活のひとつひとつの先に、この豊かな自然が続いているのだ、と知っておくことも大切だと私は思う。
南アルプスに起きている変化――。ニホンジカが増えることで起きている「シカ道」問題 - 株式会社 山と溪谷社
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