2013年頃からの金融緩和、官製ファンドの相次ぐ設立と、直近10年で急激に盛り上がる日本のスタートアップシーン。VCの数、投資額は右肩上がりで、多くの大企業が我先にとCVCを立ち上げている。
しかし、その一方でCVCが適切な役割を果たしていないケースも多々見られる。企業としてCVCに取り組む際のビジョンが不明確なまま投資することで、ファイナンシャルリターンも事業シナジーも中途半端に終わってしまうことに。
大企業が適切な投資をするためには何が必要なのか。今回はCVCを経て、独立系VCジェネシアベンチャーズでGeneral Partnerを務める鈴木 隆宏氏にインタビューを実施し、その答えを探った。インドネシアをはじめとする東南アジアでの投資経験が豊富な鈴木氏。日本よりも勢いよく成長する東南アジアの魅力と可能性についても語ってもらった。
鈴木隆宏
株式会社ジェネシア・ベンチャーズ General Partner
2007年4月、サイバーエージェント入社。学生時代から、インフルエンサーマーケティングを行う子会社CyberBuzzの立ち上げに参画。その後、サイバーエージェントグループのゲーム事業の立ち上げ関わり、子会社CyberXにてマネジメント業務に従事。2011年6月よりサイバーエージェント・ベンチャーズ(現:サイバーエージェント・キャピタル)へ入社し、日本におけるベンチャーキャピタリスト業務を経て、同年10月よりインドネシア事務所代表に就任すると共に、東南アジアにおける投資事業全般を管轄。東南アジアを代表するユニコーン企業Tokopedia(インドネシア)への投資など、多数の経営支援を実施。
INDEX
・「テクノロジーで東南アジアをエンパワーメントしたい」キャリアのスタートから変わらない志
・日本のCVCの投資が中途半端に終わってしまうわけ
・世界中の優秀な起業家が集まる東南アジア。その魅力とは
・グローバルの波に乗り遅れないためには、東南アジアに目を向けろ
・ここがポイント
「テクノロジーで東南アジアをエンパワーメントしたい」キャリアのスタートから変わらない志
――まずは東南アジアに興味を持ち始めたきっかけを聞かせてください。
私は大学2年生まで体育会でラクロスに打ち込んでいたのですが、ある時スポーツばかりしている自分に疑問を感じ始め、視野を広げるために別の活動をしてみようと思い、縁あってベトナムやカンボジアといった新興国でボランティアを始めたのが、東南アジアに興味を持ったきっかけです。
そのボランティア活動などを通じて出会ったのが元リクルート出身で、「13歳のハローワーク」のWebサイトの立ち上げ、運営をされていた方です。私も小学校の時、ダイヤルアップで接続する時代からインターネットに親しんでいたので、Webサイトの立ち上げ、運営をサポートすることになり、ネットサービスの世界にも惹かれるようになっていきました。
新興国でのボランティアとネットサービス、その2つが自分の中で融合し、いつしか「新興国をテクノロジーでエンパワーメントしたい」と考えるように。社会人になってもその信念は変わらず、今の投資活動に繋がっています。
――社会人になってからはどのようなキャリアを築いてきたのでしょうか。
いつかは自分で事業を立ち上げたいと思っていたので、新卒で選んだのは新規事業に積極的だったサイバーエージェントです。実際に入社してからは次々と事業の立ち上げを経験させてもらいました。
入社から5年が経ち、そろそろ自分で起業しようかと考えていた時に、会社から任されたのが東南アジアの投資拠点作り。インドネシアにVCを立ち上げるプロジェクトに参画し、投資家としてのキャリアがスタートしました。
――起業と投資家では仕事の内容も全然違うと思うのですが、違和感はなかったのですか?
実は当時はVCが何なのかさえ理解できておらず、むしろ投資家は怪しい存在だとすら思っていました。しかし、VCの仕事について調べてみると、スタートアップエコシステム全体の仕組みが見えてきたのです。
それまで、銀行からお金を借りられないようなスタートアップが、なぜ生き残り急成長できているのか不思議だったのですが、それもVCのおかげだと理解できて。スタートアップにとってVCは欠かせない存在だと思ったのです。
加えて、2011年当時のインドネシアはまだスタートアップの黎明期。新しい産業が生まれ、人の生活が便利になり、雇用も生まれる。そんなスタートアップに投資するということは「テクノロジーで新興国をエンパワーメントする」という私の夢に通ずると思ったんです。
自分で起業するか、起業家に投資するか。手段が違うだけで、どちらも国全体を元気にできる。そう思うと投資家もとても面白い仕事だと思えました。
――サイバーエージェントのCVCとして、どのような投資をしていたのか教えてください。
サイバーエージェント・ベンチャーズ(現:サイバーエージェント・キャピタル)は、立場的にはCVCであるものの、実はほとんど独立系のようなVCでして。資金も外部から調達していましたし、投資領域もネット業界という以外は細かく決まっていなかったんです。
会社としても事業シナジーを生み出すためのCVCというよりも、将来、グローバルに進出するための現地調査と考えていたのでしょうね。おかげで自由に投資をさせてもらいました。
――なぜ現在のジェネシアベンチャーズにジョインしたのでしょうか。
サイバーエージェントでの仕事は面白かったのですが、多くの起業家と対峙する中で、会社の看板を背負って投資をしていることに違和感を覚えまして。どうせなら自分でリスクを負って投資がしたいと思い、独立した時に縁があったのがジェネシアベンチャーズです。
2018年末の2号ファンドを立ち上げの際にGeneral Partnerとして参画しました。現在は主に東南アジアで投資をしており、たまに日本のスタートアップにも投資をしています。
日本のCVCの投資が中途半端に終わってしまうわけ
――鈴木さんから見て日本のスタートアップシーンはどう映っているのか聞かせてください。
ここ数年で多くの大企業がCVCを新設し、スタートアップが資金を調達しやすくなったり、大企業と繋がりやすくなったのはいいことだと思います。しかし、その一方で「他の企業もCVCを作ったから自分たちも」と始めている大企業があることに違和感を覚えます。
そのような場合、経営層がスタートアップとの共創にコミットしていないケースが見られます。それでも現場は成果を出さなければならず、投資が中途半端になっているケースも少なくありません。リターンも中途半端で事業シナジーも生み出せず、CVCとしての役割を果たせていない企業が多く存在しています。
――CVCが本来の役割を果たすにはどうすればいいのでしょうか。
まずは10年後20年後の会社のビジョンや事業の方向性を明確にすることです。CVCはそのビジョンを実現するための一つの手段でしかないのですから。まずはビジョンを明確にしてから、実現に向けて最適な手段を選ばなければなりません。
足りないものを自分たちで作るのか、M&Aで自社に取り込むのか、他社と一緒に共創するのか。パートナーを作るために投資をするにしても、既存事業に近いなら本社から投資してもいいですし、少し離れた領域に投資するならCVCから投資した方がいいこともあります。
そのように、ビジョンから逆算して考えれば、自然とCVCの役割が見えてきますし、どういう会社に投資すればいいか定まってくるはずです。逆に言えば、ビジョンがないからリターンもシナジーも中途半端で終わってしまうのです。
――経営のビジョンと密接に関わってくるのですね。鈴木さんの中で、会社のビジョンと投資活動がリンクしていると思う事例があれば教えてください。
例えばクレディセゾンは、人口減少でクレジットカード事業がシュリンクするのを見越してビジョンを立てていました。だからからこそ、2010年ごろからフィンテックやクレジットカード決済と相性のいいECの会社に、本社から直接投資をしていたんですね。
しかし、直接投資ではスピーディーな意思決定ができません。そこで、セゾンベンチャーズを立ち上げてスタートアップのスピードについていけるようにしたのです。スタートアップへの投資を主に旗振りされていた水野さんは今や本社の代表取締役になっていますし、他の方々も取締役として活動しています。本来メイン事業ではなかったインターネット事業が今や経営の中心になったといえるのではないでしょうか。
――これからCVCを立ち上げる大企業にアドバイスがあれば教えてください。
ポジショニングトークに聞こえてしまうかも知れませんが、スタートアップ投資に自信がないのであれば、まずは資金の一部をファンドへのLP出資に充てるのがおすすめです。例えば100億円のファンドを作るのであれば、そのうちの30億を独立系のVCなどにLP出資をするのです。LPになれば、スタートアップの情報が入ってきますし、VCからスタートアップを紹介してもらって投資もしやすくなります。
よくありがちな落とし穴としては、CVCの運営を外注すること。プロにお願いすれば間違いないと思うかもしれませんが、それではいつまで経っても社内にノウハウが溜まらず、ビジョンに近づくための事業シナジーを作れません。投資をするなら絶対に自分たちの手でリスクを負って立ち上げるべきだと考えています。
――他にもしてはいけないことはありますか?
リスクを回避するために、シリーズB以降で投資することです。シリーズBのスタートアップは既に事業が軌道に乗っていることが多いのでリターンを得られる可能性も高いですが、調達額も大きくなっていっているので、リードでもなく数%しか出資していない大企業とは、事業シナジーを作るモチベーションも上がりづらいです。
本当に事業シナジーを作りたいなら、リスクをとってでもシリーズAなどのアーリーステージの企業に投資することです。まだ軌道にも乗っていないフェーズで大きな出資をしてくれる企業がいれば、その企業のためにサービスをカスタマイズしようとも思えますよね。
CVCはあくまで事業シナジーを作るのが目的なので、リターンを得られる確率を高めるよりも、いかにスタートアップと早い段階で繋がるかを考えたほうがいいでしょう。
世界中の優秀な起業家が集まる東南アジア。その魅力とは
――海外のスタートアップシーンについても話を聞いていきたいと思います。今の東南アジアは日本と比べていかがでしょうか?
日本の2021年のスタートアップへの投資額が約8,000億円だったのに対し、東南アジアのスタートアップへの投資額は3兆円を超えており、その約半分はインドネシアに集中しています。アメリカをはじめ、中国や韓国といった世界のトップクラスの投資家が注目しており、日本の3倍以上の資金が東南アジアのスタートアップに注ぎ込まれているのです。
それらの投資を受けている起業家の顔ぶれを見てみても、本当にグローバル化しています。起業環境が整っているので、中国やインドからも起業家が集まっていますし、アメリカに留学して帰ってきたインドネシア人起業家も少なくありません。
――言語の壁はないのでしょうか。
東南アジアは国によって言語は違うものの、大学を出ている人は大抵英語が喋れるので現地の人を採用してもマネジメントもしやすいんですね。そのような背景もあり、最近ではインド人などの現地の人以外の起業家が成功するケースも目立ち始めています。
実際に私が東南アジアで投資している先もインドやヨーロッパ出身の起業家もいます。他国の起業家が成功できる可能性があると思われることで、より多くの優秀な起業家が東南アジアに集まっているのです。
――日本とは環境が全然違いますね。
いいか悪いかは別にしても、世界中から起業家が集まってしのぎを削っている東南アジアに比べれば、日本は競争が緩いと思います。日本語しか話せない起業家が日本人を採用して、日本市場でサービスを展開する。
それなりの市場があるにもかかわらず、海外の起業家が入ってきづらいのでライバルは日本人しかいません。見方を変えれば、日本人の起業家にとって日本はチャンスだらけの国だと思います。
――なぜそれほどまでに東南アジアに起業家や資金が集中しているのか教えてください。
市場の成長ポテンシャルが高いからです。例えばインドネシアの人口は現在約2億7千万人で平均年齢は30歳と若く、これからも人口増加が見込まれています。人口が増えれば国の経済も成長しますし、経済がよくなれば所得も増えて消費も増える。
それに加え、東南アジアは若い人たちがみんなスマホを持っているので、オンライン市場の成長ポテンシャルも高いんです。まだまだ買い物に不便な地域も多いので、自然とECで買い物する方も多く、EC化率がどんどん上がっています。人口が増えていく上にEC化率も高いとなれば、オンラインの市場が拡大するのも当然ですよね。
そのような背景から、世界中の投資家が東南アジアの市場に注目しているのです
グローバルの波に乗り遅れないためには、東南アジアに目を向けろ
――そんな魅力的な市場が近くにある中で、日本の起業家は東南アジアの市場をどう見ればいいのでしょうか。
先程も言ったように、日本は競争が相対的に見て緩いので日本で勝負するのがいいと思います。ただし、もしもグローバルを見据えているなら、最初からグローバルに出ていったほうがいいでしょう。
よく「日本で地盤を固めてからグローバルに進出する」と言う方がいますが、日本とグローバルでは戦いのルールが全く違うので、それまでの経験はほとんど役に立ちません。日本で成功した企業が海外進出に失敗する原因もそこにあるんですね。グローバルで生き残るためには、最初からグローバルで戦わなければいけないと思います。
――大企業のCVCはどのようにグローバルの市場を見ればいいのかも聞かせてください。
大企業は「シリコンバレー神話」を過信しすぎです。多くの大企業がシリコンバレーに投資拠点を作っていますが、本当に海外から技術を持って帰ってくる必要があるのか考え直したほうがいいと思います。
シリコンバレーでは今でも新しい技術が生まれていますが、日本でもいい技術は生まれてきているので、そこに投資して一緒に事業を作ったほうが国力は上がりますよね。技術を探すために北米に注目するのは理解できますが、東南アジアの市場も見ていなければこれからの戦いに乗り遅れると危惧しています。
東南アジアでは急激にデジタル化が進んで、もはや日本的な戦い方は通用しません。これからグローバルで戦っていくのであれば、北米よりも東南アジアに拠点を作って投資するほうが賢いのではないでしょうか。
――北米からアジアにまで視野を広げないといけないということですね。
加えて、市場の話からは少し離れますが、大企業は雇用形態も見直すべきだと思います。CVCの担当者が今のメンバーシップ型の雇用形態では、人材の流動性も上がりませんし、数年ごとに異動があるとプロジェクトにコミットできませんよね。「あと半年で異動するから新しい案件へ投資するのをやめておこう」とモチベーションも上がりませんし、数年おきに担当者が代わるとスタートアップとの関係性も深められません。
必ずしもアメリカ型のジョブ型を真似る必要はないと思いますが、新しい日本型のジョブ型雇用を作っていけるといいですね。トヨタやソニーといった伝統的な企業にこそ、新しい働き方の旗振り役になってもらえれば日本の働き方も大きく変われると思います。
――最後に、大企業はこれからどのように戦っていくべきなのかアドバイスをお願いします。
序盤の話とも重複しますが、今のビジネスの延長ではなく、大きなビジョンから逆算して戦略を立てていくべきだと思います。例えばトヨタは、これまでの車を売るビジネスからコネクティッドカーやスマートシティ構想など、大きなビジネス転換を図っていますよね。
それは、これまでのように車を作って売るだけでは、急速な変化についていけず未来がないことをわかっているからです。自動運転が発達して移動の概念が変われば車を買う人も減っていく。そんな時代にどういう会社であるべきなのか、そのようなビジョンから逆算して動いているように感じています。
大きな変化があるのは自動車業界だけではありません。それぞれの業界で同じような変化が起きていくはずなので、それぞれの企業が従来のビジネスモデルからの脱却を進めていく方法も考えてもらえればと思います。
ここがポイント
・CVCが本来の役割を果たすには、会社のビジョンや事業の方向性を明確にする必要がある
・スタートアップ投資に自信がないのであれば、まずは資金の一部をファンドへのLP出資に充てるのがおすすめ
・してはいけないのは、「CVCの運営を外注すること」と「リスクを回避するために、シリーズB以降で投資すること」
・東南アジアは、アメリカ・中国・韓国といった世界トップクラスの投資家が注目しており、日本の3倍以上の資金が東南アジアのスタートアップに注ぎ込まれている
・グローバルで生き残るためには、最初からグローバルで戦わなければいけない
・今のビジネスの延長ではなく、大きなビジョンから逆算して戦略を立てていくべき
企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:鈴木光平
「ビジョンから逆算しなければ未来の急激な変化に対応できない」時代に流されてCVCを作る大企業への警鐘 - xTECH - xTECH(クロステック)
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