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Saturday, July 30, 2022

変化する世界でどう生きるのか|“ことば”を旅する連載・第38回 | 宮沢和史の「ことば永遠(とわ)」 - courrier.jp

PHOTO: 豊島 望

PHOTO: 豊島 望

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Text by kazufumi Miyazawa

世界は変わり続けるものだが、変化についていけることもあれば、ついていけないこともある。変化に直面したとき、自分はどう振る舞えるのだろうかと自問する人も少なくないだろう。

時代が変わっていることを、日々実感する。過去の方程式が当てはまらない時代に入った……。そんな気がしてならない。

善悪・勝敗・真実と虚偽の考え方が変わり、多くの場面で価値観がひっくり返っている。ネット社会が現実社会に大きな影響を及ぼすようになって久しいが、もともとは心の中にしまってあった人間の本性や本音が、ネット社会で次々につぶやかれ、いつしかそれが表舞台を脅かすようになっている。言論と行動が監視され、いちいちネット上で吊し上げられる。なんとも閉塞的な世の中になったものだ。

「人の目が集まった者が勝者」


YouTubeやTikTokを見ていると、人は皆、自分を世間にアピールしたいものなんだと、改めて思い知る。自分自身のことや自分が好きなことを世間にアピールして収入が得られるなら、言うことないだろう。プロと素人のあいだの空白に人がひしめき合っているように見える。
通常なら一生知り得ることのない一般人であっても、知っている人にとっては大スターであり巨額の収入を得ている現実。そこには、もはや礼節や善悪は希薄で、「人の目が多く集まった者が勝者」という価値観に倒れていく。

そう書くと悲観的に聞こえるかもしれないが、否定しているわけではなく、良い面はたくさんある。

他人に発掘され、才能を見出され、誰かのもとで稽古を積み、大人の作戦や計画の中で実力を発揮する場を与えられて、やっと表の社会に披露される。というこれまでの流れが、極端に簡素化される。YouTube等で腕を磨き、特にコロナ禍では自室で何かひとつのことに打ち込む時間が膨大に増えたことも手伝い、ある日、突然話題になり有名人になる。なんて話をよく聞くようになった。

この方法は時空を超えて可能性を広げ、マーケティングがすでに完了している面でも合理的で、先行投資部分の支出も減り、実際にこれまでお茶の間にまで届くスターを多く輩出してきている。ただし、大人の世界は我々が思う以上にしたたかである。そういった形でデビューさせるために、広く話題になりそうな才能ある人材を、ネットの中で我先に発掘せんと大人たちは躍起になっている。

時代がひっくり返った


時代が変わったと書いたが、その言い方では弱いかもしれない。時代がひっくり返ったと言っていい。
たとえば中国で民主化運動が武力弾圧された天安門事件があった1989年、「時代は変わった」と思い、大いに衝撃を受けたものだが、あれから30年あまり経過し、中国の中流以上の若者は人生を大いに謳歌しているように見える。天安門事件で中国の民主化を叫ぶ声は敗北し、共産党が勝利したが、時が流れ、敗北したはずの民衆は世界トップクラスの経済力とプライドを身につけた。

この状況は「時代がひっくり返った」としか言いようがないだろう。

PHOTO: MIYAZAWA KAZUFUMI


では、その前の世界で生きてきた自分のような人間はどうしたら良いだろう? これまで長年培い、正しいと信じてきた価値観をひっくり返し、新しい世界に乗っていくのか? その労力に耐えるのは難しいと、新しい世界に精通した人間と組んで生きていくか? もしくは、過去の世界から一歩も出ることなく自分のやり方を貫いていくか? その場合、新世界とぶつかり摩擦が起きるたびに、傷つくのか、もしくは孤高に浸る必要が出てくるだろう。

いずれにせよ、どの道もなかなか険しそうだ。しかも、年齢が行動力を削いでいく……。

年齢を重ねればワインのように熟成できると思っているバカがいる
だが、酢になるのが関の山だ


これはクエンティン・タランティーノ監督の映画『パルプフィクション』の台詞のひとつ。ピークを過ぎつつあるボクサーに八百長試合をけしかけるシーンだ。

50歳を越えた人間にとってはなかなか耳の痛い台詞ではある。酢ではなく、ワインになるには相当なエネルギーを要するのだろう。月並みな努力では難しいように思う。しかし、何も年齢と争わなければいけないということでもない。惰性に転がってしまわず、上手に歳を重ねながら熟成できる生き方があるはずだ。
 
映画というものは文字通り映像による画ということで、音声がない時代に誕生し、そもそもは映像で語る美意識だったはずだが、弁士の登場や音声付き映画の誕生、とりわけチャーリー・チャップリンらが試行錯誤しながら挑戦し続けた、映画における話術の重要性が高まっていった。

スピルバーグの変化にショックを受け


優れた作品には優れた台詞が、そこかしこに何十と仕掛けられているもの。特にタランティーノ監督の作品は台詞が香り高い。前述の台詞は簡単に言えば「おまえはもうピークを過ぎているのだから、俺の言う通りにして、八百長で大金をもらったほうが利口だぞ」ということだが、そのまま言ったらただ時間が過ぎるだけの、つまらないシーンに成り下がってしまう。この一言で観る側の心は、一気にこのボクサーの心情に接近する。そういうマジックが映画における大きな魅力のひとつだ。

映画といえば、世界の巨匠スティーブン・スピルバーグ監督は、2018年のインタビューで、サブスクリプション用に製作された映画がアカデミー賞にノミネートされることに否定的な発言をしている。銀幕で上映されるものこそが映画であって、テレビモニターやデバイスなどで観るのを前提に製作されたものは、“番組”であって映画ではない。優れた作品にはアカデミー賞ではなく、エミー賞を与えるべきだという立場だからである。

しかし、2021年にスピルバーグの映画製作会社がNetflixと契約し、スピルバーグが関わる映画はNetflixで観ることができるようになった。仇敵の懐に飛び込んだ形だ。

この2018年のニュース、2021年のニュースはどちらもショッキングだったが、世界一映画を愛する男が、時代の潮流を正確に予見し、あえて敵と組むことで、輝かしい未来へ映画を導こうとする姿は、節操という言葉を軽く凌駕した判断だと言える。スピルバーグほどの超人が、手のひらを返した形なのだから、時代がひっくり返ったと認めざるを得ないのは確かだ。

最後にイタリアの名作映画『ニュー・シネマ・パラダイス』の台詞を紹介したい。

人生はお前が映画館で観たものとは異なる
人生はもっと難しいものだ

 

PROFILE

宮沢和史 Kazufumi Miyazawa 1966年生まれ。バンドTHE BOOMのボーカルとして89年にデビュー。2006年にバンドGANGA ZUMBAを結成。14年にTHE BOOMを解散後、休止期間を経て18年より活動再開。19年6月にデビュー30周年を迎えた。沖縄県立芸術大学非常勤講師。『足跡のない道』『BRASIL-SICK』など著作多数。近著に『沖縄のことを聞かせてください 』(双葉社)。

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