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Tuesday, October 26, 2021

「時代」を見る力と変化を取り込む柔軟さ…1200年大遠忌・最澄の魅力 - 読売新聞

 今年は日本における天台宗の開祖、最澄(伝教大師、767~822)の1200年の 大遠(だいおん)() にあたる。東京・上野の東京国立博物館 平成館ではこれを記念して特別展「最澄と天台宗のすべて」が開催中で、比叡山延暦寺をはじめ、さまざまな寺院などから寺外初公開を含む多くの秘仏が出展されている。

 なにごとも、伝統を守るだけでは長続きしない。天台宗が1200年にわたって広く信仰され、これだけの文化遺産を持つことができたのは、最澄に世の中の流れを見る目と、時代の要請を柔軟に取り入れていく対応力があったからではないか。哲学者の梅原猛(1925~2019)は著書『最澄と空海』で、最澄を「純粋な宗教的情熱と権力者と付き合う世俗の知恵をもって、大事業を成し遂げた人生の達人」と評している。生前に「本当は空海(弘法大師、774~835)ファン」と公言していた梅原だが、同書では空海よりページを割いて最澄の生涯を考察している。

 最澄は比叡山のふもとの近江国坂本(大津市)の豪農の家に生まれ、幼名は 三津首広野(みつのおびとひろの) といった。幼少期から「陰陽、医方、工巧」を学び、秀才ぶりを示したという。両親の期待を背に、広野は国分寺の僧を目指す。当時の国分寺は地方の学問の府で、その僧は今なら地方の国立大学の教授にあたる地方エリートの頂点といえる。

 弟子が書いた『 (えい)(ざん) 大師伝』によると、最澄は19歳で奈良・東大寺から「 具足戒(ぐそくかい) 」を授かっている。国家仏教の僧としての戒律、つまり注意事項を授けられたということは、国家公務員として正式に認められたことを意味する。

 ところが最澄は、近江国分寺には赴任せず、「自分は最低最悪の人間のくずだ」と厳しく自己批判した『 願文(がんもん) 』を提出して、「六根(眼、耳、鼻、舌、身、意)の感覚が仏と同じになるまで山を下りない」と宣言し、比叡山の草庵にこもってしまう。いったい何があったのか。

 梅原は、国家公務員として給料をもらいながら仕事をせず、親の期待を裏切ってエリートコースを捨てることを自分でも愚かだと思いつつ、当時の奈良の仏教の腐敗ぶりに強い不信を抱き、真の仏教を究めようとしたのだ、と解説する。当時は道鏡(700~772)が称徳天皇(718~770)の 寵愛(ちょうあい) を受けて皇位をうかがう事件などをきっかけに、南都(奈良)仏教の腐敗や政治介入に対する批判が高まっていた。

 この説に対しては、歴史小説家の永井路子さんが小説『雲と風と』のなかで、中国天台宗の教典に出会って衝撃を受けた最澄が自らの浅学を恥じ、一から学び直そうとしたのだという異説を唱えている。

 国分寺の僧になっても教典の研究はできるが、最澄は安定した国家公務員の地位を捨て、 求道(ぐどう)(しゃ) の道を選んだ。純粋な向学心に加えて、時代が仏教に何を求めているのかを感じ取り、さらに上をめざしてそれに答えようと決意したのではないか。最澄の選択は、結果的に政治・宗教の腐敗を打破しようとしていた桓武天皇(737~806)の改革の方針にぴったり符合し、最澄は地方から全国区のエリートに飛躍することになる。

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