きょう20日は「敬老の日」。高齢者の長寿を祝う日だが、一概に高齢者と言っても例えば、白ひげをたくわえ、和服を着て「わしは~」と話すおじいさんは今では珍しい。高齢者像は時代ごとに変化し、世代によってイメージする姿に違いもありそう。あなたが思い描く「おじいさん、おばあさん」とは-。岐阜市と大垣市で今どきのシニア世代と高校生に聞いた。
祝日法で「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」と定められている敬老の日。過去には、としよりの日や老人の日と呼ばれていたが、こうした長寿を祝う日は兵庫県が始まりとされ、その発案には岐阜県の「養老の滝」伝説がヒントになっているといわれている。
◆明治生まれ 趣味なく夕暮れまで畑仕事「忍耐強い」
1922(大正11)年に撮影された、ある町の敬老会の写真を古書店で入手した。江戸時代生まれと思われる高齢者たちが和服を着て座っている。おばあさんの集合写真だけを取り上げたが、これが100年前の高齢者の姿のようだ。そこからイメージはどう変わったのだろうか。
岐阜市に住む元会社員の男性(69)。祖父母はすでに他界しているが、明治生まれだった。服装は日常的に和服で「その姿が様になっていた」と話す。
この男性のイメージでは、おじいさんが丸刈り頭でおばあさんが頭の上で髪を束ねる団子ヘア。畑仕事の時はおじいさんが、らくだ色の腹巻きに乗馬ズボン。寒い日は綿の入ったちゃんちゃんこ。おばあさんが、もんぺ姿。「共にほっかむりのイメージがあるけれど、おじいさんはタオル、おばあさんは手拭い」
食事は和食で米飯。パンは食べない。いつも熱い緑茶を急須で湯飲みに注いで飲んでいる。夕暮れまで畑仕事に精を出し、特に趣味もなく、夜は早めに床に就く。「忍耐力があって、今の人のように自己主張しない」。そんな姿を思い浮かべるという。
◆昭和生まれ→スポーツや旅行好き「自己主張が強い」
一方、大垣市の高校に通う2人組の女子生徒。3年生で現在17歳。平成生まれだ。祖父母は70代前半~80代前半で、戦争に行ったのは曽祖父だった。
2人の話をまとめると、祖父母の服装は洋服。「和服姿は見たことがない。動きにくいし、大変だって言っていた」。朝食はパンにヨーグルト。祖母は、昭和の歌姫と呼ばれた美空ひばりさんの歌をよく聴いているが、高校生の自分にとっては「昔の歌手。昭和は教科書の世界」と話す。
健康維持のために祖父は卓球、祖母はスポーツクラブで水泳。旅行が好きで日常のドライブから、コロナ禍前は海外旅行も。「1人でツアー旅行に参加するのも平気」。おじいさん、おばあさんと聞けば「元気があり過ぎて健康そのもの。第二の人生を楽しんでいるイメージ」という。
さらに「自己主張が強いイメージがある」といい、上下関係にこだわらずフラットに相手を見る自分たちと異なり、「年上の方が偉いと考えている」点に時代を感じるという。
将来、高校生の2人や同世代が敬老の日にお祝いされる頃、どんなおじいさん、おばあさんがそこにいるのだろうか。
おじいちゃん・おばあちゃん像、世代で大違い?100年の変化 - 岐阜新聞
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