
豪快な柔道の裏で、東京オリンピック(五輪)柔道男子66キロ級の阿部一二三の性格は、緻密(ちみつ)で、綿密な準備を欠かさない。
たとえば、柔道着は絶対に他人に触らせず、自分で洗い、干し、たたむ。
ただ、相手を強引にでも担ぎ投げる攻撃一辺倒の柔道は、2017、18年の世界選手権を連覇した後、壁にぶつかった。19年には、丸山城志郎に敗れ、王者から陥落。東京五輪の日本代表になるのも全階級で最も遅かった。
映像技術の進化で、強烈な技ほど丸裸にされる時代。世界で勝てば勝つほど警戒され、腰を引いて防御姿勢を取られると手詰まりになる試合が続いた。
「勝つためには変化が必要だと、一二三が自分で気がついた」。代表の古根川実コーチは振り返る。
活路を見いだしたのが足技の技術。足技を散らすことで代名詞の担ぎ技が生きる。担ぎ技を見せることで足技が効く。一二三は所属先の先輩で足技が得意な高藤直寿に教えを請うた。
そして周到な準備も欠かさなかった。この五輪の直前には、母校・日体大の恩師に「レスリング部と練習をさせてほしい」とお願いした。66キロ級の海外勢が得意とする技「肩車」の対策を練るためだった。
先に優勝を決めた妹・詩が見守る決勝。密着戦を好むジョージア選手に、両袖を持つ得意の組み手で勝負に出た。
開始1分50秒で仕掛けたのは、袖釣り込み腰。投げられたくない相手の重心が後ろに下がった。「ワンチャンスをものにできたのは成長」。大外刈りの好機を見逃さなかった。磨いてきた技の連携が決まった。
強引な、かつての柔道とはひと味違う。「とにかく前に出て、相手に圧力をかけて、投げる。それが僕の柔道」と言い続けてきたが、実際は攻撃的な柔道を貫きながら、前と後ろに技を散らす。冷静に勝つための判断も身につけた。
「23年間生きてきて最高の1日」。全てが実った金メダル。もがき、あがいた五輪までの道で、強さの幹は確実に太くなり、頂点に立った。(波戸健一)
柔道日本代表男子の井上康生監督の話
阿部一二三の優勝に「柔道界にニュースターが誕生したと勝手ながら感じた。これまでの荒々しさだけではない、新たな一二三の柔道が作られた」。
勝つために求めた「変化」 王者陥落経験した阿部一二三、活路は足技 [柔道] - 朝日新聞デジタル
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